将棋を始めたきっかけ

父「お前は将来何をして暮らしたいんだ!」
私「漫画読んで暮らしたい。」
父「それで世の中にどうやって社会貢献が出来るのだ!」

竹部さゆり公式見解(そんなものがあるかは謎)では、娘が小三でニート宣言したので、困り果てた父が、将棋道場にぶち込んだ、とあります。

さらに遡り、将棋を始めたしょーもないキッカケの話をしましょう。

小学校時代、顔が良くて運動が出来て頭もいい。

そういう人気の男の子が私の通っている学童保育にもいたのです。

名前をカズマ君と言います。

いつも動いているからか、常に日焼けしている彼は一学年上で、学童にはたまにしか来ず、同学年の女子は彼が来ると喜んでいました。

将を得んとするならば、まず馬を射よ。

早速、彼の趣味をリサーチして、マイナーな将棋を発見。

うん、これなら私も出来るし、将棋が趣味なんて、敵も大していない。

彼はピアノも弾けたのですが、そっちは競争率高そうだし、今から練習してもなー、と打算も働きます。

ってなわけで、彼の座る目の前に盤駒置いて一局やりましょう!

流石カズマ君、私がツノ銀中飛車をすると居飛車から銀が64に上がってきて、7筋を交換されて、受け方を知らないまま、あっという間に負けました。

「結構、強いじゃん!」

と、カズマ君は学童一人気の笑顔で褒めてくれました。その日から学童に来る時は、一番に声を掛けて遊んでくれました。

将棋が出来ない(出来るあの子はきっと頭がいいんだわという大きな勘違い)という理由で他の女子にやっかまれる事もなく、学童で一番人気のカズマ君と二番人気の同い年ホンダ君(も、将棋仲間)と数人で遊ぶようになり、ドッチボールやピアノの弾き方も教えて貰えましたが、将棋は相変わらず勝てずにだんだん悔しくなってきておりました。

そんな浮かれきった幸せな日々も長くは続かず、カズマ君が卒業したあとホンダ君とたまに指したりして小学3年までしか預かって貰えない学童保育が終わるので、冒頭のシーンになるのです。

後日、学童を卒業して川崎駅にある将棋道場へ向かう為、バスから降りると、偶然そこでカズマ君にバッタリ会いました。

何でも中学受験の為に、学童保育を出てすぐに通っているんだと、世間話を少ししました。

大好きなカズマ君を追っかけ、「お父様っ、私も塾へ行きたい!」となれば少女漫画の幼馴染みフラグが立ったかも知れませんが、これはリアル(涙)

おっさん達が「強いじゃん、さゆりちゃん。」と褒めて貰える今が一番居心地のいい場所だと、塾に行くカズマ君と別れ、将棋道場へ足早に駆けて行ったのでした。