将棋大会の思い出

初めて将棋大会に出たのは、確か小学一年生くらいの時だったと思う。
将棋を覚えて、ようやく金と銀の違いがわかってきたくらいの自分は、教室の先生だった方の言われるがままに、子供将棋大会に出たのだった。当然ながら、結果は惨憺たるものだった。だいたい三勝二十敗くらいだったと思う。なにせルールがわかるだけの初心者なのだから、むしろ、よく三勝も出来たものだ。
コラム_当時の得意戦法は、53にと金を作り、両側から桂を打って詰ます、というのしか知らなかった。
先生に言われるままに、どんどん指し、また怒涛の黒星街道を走った。負ける、負ける、また負ける。 しかし、大会が終わったあと、自分は自慢げに「三回も勝ったよ!」と家族に報告した。
親も私の成績はよくわかっていたと思うが、「そうなの、よく頑張ったわね」と笑顔で褒めてもらい、帰りにご褒美として、スナック菓子を買ってもらった。

小学校高学年にあがるにつれて、自分も小学生の中では強い方になり、大会で入賞できるようになった。とても嬉しかったが、最初の大会がいまだに一番、よく記憶に残っている。
その時の自分は何敗してもよくて、ただ勝った一瞬の喜びの方が、何倍も何倍も大きかったのだ。 いま子供大会に出ると、いろんな子を見かける。入賞して喜んでいる子もいれば、負けて悔し涙を流している子も、よくわからないまま、ただ指している子もいる。でも、どれも個性だし、それが私のように、女流棋士になって大切な思い出になる場合もある。

将棋大会に付き添いにいらしてくださる保護者の方は、将棋のわからない方も多いし、一日、じっと見守るというのは大変なことであると思う。でも、きっとわが子の喜ぶ顔が嬉しくて、いつも連れて来てくださるのだ。だからこそ、いま将棋大会に出る子供たちに指導するときは、一日、楽しかったと思ってもらえるように意識している。
その子の記憶の片隅にでも、将棋大会のことが刻まれてくれれば、女流棋士として何よりの喜びである。

女流三段 中村真梨花