紅茶が冷めてしまうまで

紅茶が冷めてしまうまで

何かで読んで、本当なのかはよく分からないけれど

夢中になっていて、3時間が過ぎても、体感が30分なら、30分ぶんしか、年をとってないらしい。

そんなうまい話が...!?

出典まで確認していないから、本当のところはよく分からないけれど、

集中するのはタイムスリップとか、なんだか時間軸に抗う感じがある。

集中するぞ!と思って集中できることはほとやどなくて、その意気込み自体が雑念だからなんだと思うけど

気づいたら時がたっていて、何をしていたのか一瞬思い出せなくて

まわりを見ると、日が陰っていたり、淹れたてのはずの紅茶がひんやり冷めていたり、なぜだか時間が経っている。

そして「自分」「今」に戻ってくる作業をしてから、「ああ、集中してたんだな」とか「楽しかったなぁ」とか思う。

戻ってくる時に、ちゃんと「今」に体内時間を合わせるのは難しくて、なぜか3月半ばのつもりになってたり、もう5月が来てたり、はたまた日付そのものの概念が消えてたりして

集中すること、それは浦島太郎。

なんて、思いたくなる。

そういう類の状態を、ゾーンとか、フローとか、呼ぶのだけれども

そんなことを思いながら、今日も冷めた紅茶を飲んでます。

山口絵美菜