絵と言葉の一研究

絵と言葉の一研究

『絵と言葉の一研究』という本を読んだ。

「わかりやすい」デザインを考える、寄藤文平さんの著書。

広告やブックデザインを手がけるアートディレクターで、私も読み進める中で「あの広告もこの方が!」と、どれも目にしたものばかりで発見がたくさん。

帯には「正直、わからなくなってきました。」の一文。


わたしは、将棋用語やルールを絵と言葉で表現するようになってから、私はますます「わかりやすさ」がわからない。

「これって伝わるのかな?」と不安な中で人に見せるのもなかなか勇気がいるし、少しプレッシャー。マネージャーか第三者がほしい。

苦しい方が多くなったら、足が止まってしまう気がする。

この本は、直接的な答えを得ようというよりは「なんとなく必要な気がしたし、読みたいなと思った」から買ったのだけれども

本を開く寸前からなぜか「この本は...!」みたいな手応えがあって、実際そうだった。

なんだろう...魔法の杖みたいな?感覚先行。


「自分2号を持つ」ことや「絵と文があわさると全く違うものになる」こと、知りたかったことがたくさん出てくるのはもちろん、

ものすごく腑に落ちたのは

「宙ぶらりんにすること」そして「わかるとは」ということ

前者は、行動の意味だったり、理由付けを「宙ぶらりん」にすること。

古文を読んでる時に「この文主語ないけど、誰?」と思っても、とりあえず保留して読み進めたら、あとから出てきた、みたいな感じに近い。

いろんな理由は、今わかることじゃなかったりする。

後者は「分かること」は素晴らしさを伝えることだ、という話。

そこから文は先に伸びているのだけれど、そしてその一文が私の欲しかった一文でもあるのだけれど、まだ私も「宙ぶらりん」にしているところなので

書くのはまたいつか。

山口絵美菜