自分何号

自分何号

朝からハンドソープで顔を洗ってしまい、スプレータイプの日焼け止めをつけたつもりが、ヘアフレグランスだった。

形が似てるものの多さよ...

歯磨き粉と洗顔フォームの形が似てなくてよかった。


夏が追いかけてくるような空の日が続いて、冷房なしじゃ生きられない体になってしまった。

今年の尋常じゃない個人的エピソードがひと段落して、少し休んで、さて何か始めようかと思ったけれど、

始めようと思って始められることはそんなに多くないなと思った。

スムーズに行動と生産が循環していくような何かは、始めようとも思わずに手が動き始めていたりして

「始めよう」と意識してしまうと、意識過剰なのか「こんなの意味無いかな」と止める力まで発動してしまって面倒。


以前読んだ『絵と言葉の一研究』という寄藤文平さんの著書で「自分1号」という話が出てくる。

さらに2号、3号、、、と増えていき、6号になる頃にはどうにかなってしまいそうな気持ちになるそうなのだけれど

つまり自分2号は客観的な目線で、それがさらに俯瞰的になっていく、という話。

行動力が漲ってる時は、自分1号の独壇場で、身が焼けるような白熱感はあるけど高揚感もあって楽しい。

そう冷静に分析する自分2号なのであった。

山口絵美菜